アクティブラーニングがオーバーシュートしそうだ。中央教育審議会の新メンバーが、アクティブラーニングという言葉も知らないため体験しその良さを実感したことは1年前にこのブログアクティブラーニング に書いた。そしてその延長線上で昨日中央教育審議会が2020年からの次期学習指導要領にアクティブラーニングを導入する事を発表した。視点は「何を学ぶか」に加え「どのように学ぶか」と「社会に対し何が出来るか」だ。それ自体は全く正しい。だが、文科省は雛形を作って一律に導入するという。ということは文科省自身はアクティブラーニングの本質を全く理解していないということになる。そもそも「ゆとり教育」とはアクティブラーニングを取り入れることだった。だが文科省と現場は全く理解出来ず、授業時間を減らし、円周率は3で良いと教えた。目論見とは真逆の方向に行ってしまった。理解不足ゆえの大失敗だったのだ。そしてその後従来の詰め込み教育に戻り、更に教育効果を上げるべくいまアクティブラーニングが復活しようとしている。でも文科省はその雛形を作ると言うのだから、自主性という意味が理解出来ないらしい。またゆとり教育の失敗に逆戻りしそうだ。アクティブラーニングとは、自ら解決する力を付けることと言える。教師が自らのスキルで生徒たちを自主解決の道へと導くことだ。生徒に対する教師の関係は、教師に対する文科省と同じ。何故それが分からないのだろうか。また失敗するに違いない。でも一つだけ成功する道は残されている。文科相が数年をかけ、全ての教師をアクティブラーニングの専門教師に育てることだ。そこから新しい教育が始まるに違いない。出来る事なら期待したい。
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