30日 11月 2015
山手線の新型車両が今日から営業運転を開始した。大崎駅15時18分発の外回り列車からスタートし、大崎駅では出発式が行われたとのニュースが流れた。鉄道ファンが集まり大混雑になったようだ。ところが、営業初日にトラブルが相次ぎ午後11時前に営業運転を打ち切ったとのこと。真面目に試運転で不具合を確認改善していなかったのだろうかと些か不安になった。新型車両のキーワードは「お客さま、社会とコミュニケーションする車両」とのこと。道理で前面はスマホのように見える。車内には車椅子やベビーカーのスペースがある。中吊り広告を止めてパネルにしたが、宣伝費が高くなるというクレームがあり一部中吊り広告を復活したようだ。まあ一度機会があれば乗ってみようかと少し思った。ネット記事には、新型車両に空気洗浄機も搭載されており、車両天井部からナノイーnanoeが放出され、車内の快適な空気環境を提供するとのこと。このナノイーが気になった。調べてみると、パナソニック製のマイナスイオンのこと。パナソニックの宣伝文句には、従来のマイナスイオンは大きさが1nmで寿命が数十~100秒だが、ナノイーは5~20nmで寿命が600秒と記載がある。だが寿命が長いほど効果があるとは書いてはいない。一方、マイナスイオンは眉唾物だと「この世の常識は仮説だらけ:竹内薫:静山社文庫」に書いてある。マイナスイオン信仰は日本だけの現象で、米国では半世紀も前に、効果が認められずに「健康に良い」という記載は禁止になっているとのこと。更に身体に毒なオゾン臭がする場合があるので、スイッチは切っておいた方が良いだろうと助言している。新型車両の不具合続きで、オゾンが発生しなければ良いのだがと思わず取り越し苦労をしてしまう。
29日 11月 2015
フィギュアスケートのグランプリシリーズ最終戦のNHK杯で、羽生選手が何と前人未到の322.40点で優勝した。観衆は「神が舞い降りた」と褒め、解説者は「陸上の100mを8秒台で走るようなレベル」と言い、本人は「絶対王者だと言い聞かせながらやっていた」とコメントした。採点法が変わったとはいえ、新境地を拓く出来栄えだったに違いない。高得点の要因は間違いなく4回転ジャンプだ。フリーでは3つの4回転ジャンプを危なげなく決めた。自分はフィギュアスケートに詳しくないので、4回転ジャンプは1種類しかないものと思っていた。ところが6種類もあり、難易度の高い順から、アクセル、ルッツ、フリップ、ループ、サルコー、トゥループだという。羽生選手が決めたのは4回転ジャンプの中でも難易度の低いサルコーとトゥループだったようだ。羽生選手が大会後に「更なる上を目指す」と言っていた言葉の意味がようやく理解出来た。世の中には上に上があるもので、2位に入った中国の金選手の4回転ジャンプは羽生選手の上を行くルッツだったとのこと。フィギュアスケートのジャンプは6種類あり、しかも難度の序列があることを知り、バルセロナで開かれるグランプリファイナルをテレビ観戦するのが楽しみなった。頑張れ羽生選手。
28日 11月 2015
最近気付いたことがある。我が国での長さの単位はメートル。メートルとは国際単位系でかつMKS単位系における長さの物理単位だ。ギリシャ語のメトロンからの造語で、仏語はメートル、英語はメーター、漢字では米。パリにはX型の断面をしたメートル原器があると、小学校で習ったことを思い出し懐かしく思う。ところが、日本の中で、メートルではなく、ヤード表示の世界も存在している。誰でもお馴染みのゴルフの世界だ。だが、最近気付いたこととは、ゴルフのヤーデージのことではない。若い頃はゴルフの何が面白いのかと思っていた。地面の上に止まっている球を、いい年をした大人がひたすら打って穴に入れるだけの単純な遊びだと思っていた。ところが、やり初めてみると、相当奥が深く面白い。そして最初に出くわした煩わしさがヤード表示だ。ゴルフ場は何処に行ってもヤードで表示されている。慣れないうちは、1ヤードは90cmだから、100ヤードは90mと頭の中で換算していた。そのうち慣れてくると、140ヤードだから7番アイアンで打とうと、ヤード主体で番手が決まってくる。ところが、ところが、なのである。ひとたび球がグリーンに乗ると、カップまであと2メートルだなと思う。何とヤードがメートルに自動的に切り替わるのだ。自分だけかと思っていたら、そうではない。プロゴルフ大会の解説者も、グリーン上ではメートルで解説する。最近気付いたこととは、ヤード表示のゴルフでもグリーン上はメートル表示になるということだ。一つの同じ競技なのに、飛ばす時はヤードで、転がす時はメートルに変化する。驚きの発見だ。更に気付いたことがある。松山選手を除けば、海外トップ選手並みにパットの上手い日本選手はいない。この要因は間違いなく、日本人選手のヤード/メートルの切り替えの煩わしさにあるに違いないとの結論に至った。もっとも単なる勘違いかもしれないが。
27日 11月 2015
日経朝刊の「経団連が国に異例の回答」という記事に目が留まった。政府が開いた官民対話で、安倍首相は経団連に強く設備投資を迫り、榊原経団連会長は設備投資を3年間で10兆円増やすと回答した。要求する首相も酷いが、回答した榊原の無責任さも目に余るものがある。元来経済活動に官が民に介入すべきではない。官民対話が歪み過ぎて、まさにここに極まれりという状況だ。では何故首相は強引に設備投資を求めるのだろうか。答えは簡単だ。海外ではアベノミクスが既に失敗に終わったと評価されているからだ。GDPが2期連続マイナスになった。政府は「景気回復の動きが足踏みを続けている」と言っているが、少なくとも欧米の経済学界では「景気が下降局面に入った」と判断している。アベノミクスにとっては更なる究極のダメ出しがある。アベノミクスの理論的基礎を提供したリフレ派のノーベル賞経済学者ポール・クルーグマンが、その自説の誤りを認めて撤回してしまったのだ。日本は生産人口が減るから、お札をいくら刷っても日本経済は回復しないと言い出した。だが日本の少子化は世界中の誰でも知っている。今更少子化という前提が抜けていたからなどという言い訳は通用するはずがない。クルーグマン説の受け売りの浜田参与も「世界が日本経済をうらやむ日:浜田宏一:幻冬舎」ではアベノミクスを称賛しているが少子化には一切触れていない。浜田もハシゴを外された一人に違いない。一方既に2010年刊行の「デフレの正体:藻谷浩介:角川oneテーマ21」で、デフレは少子化によるものと発表されている。当時この本は話題に上ったが、少子化になればデフレになるのは当たり前だと極めて評判が悪かった。それほど当たり前の前提が抜けていたのがアベノミクスの正体のようだ。早急に軟着陸点を見つける必要がありそうだ。
26日 11月 2015
「親子鷹」と言えば、子母澤寛の小説が有名だ。勝海舟と父の波瀾万丈な人生を描いている。辞書を引くと「親子鷹とは、一つの目標に向かって努力する父と息子をいう語」とある。先日、北大路欣也が親子2代で旭日小綬章を受賞した。北大路欣也の映画デビュー作が「親子鷹」だったのは何かの因縁なのだろう。まさに父親の市川右太衛門と北大路欣也は現代の親子鷹に違いない。ところが、ごく最近種類の違う鷹が現れマスコミを賑わしているようだ。かつて誠備グループという投機集団を率いて「兜町の風雲児」と呼ばれた相場師の加藤あきらが息子の大阪大学金融ファイナンス専攻助教と共に金融商品取引法違反容疑の疑いで東京地検特捜部により逮捕された。また、かつて「物言う株主」として名を馳せた旧村上ファンドの村上元代表は相場操縦をした疑いで、娘の投資ファンド代表と共に証券取引等監視委員会の強制捜査を受けている。加藤親子も村上親子も「親子鷹」なのかもしれない。少なくとも、辞書の説明には合致している。いや、ハイリスクハイリターンの投資をする海外の投資家や投資基金を、俗にハゲタカファンドと呼ぶから、彼らは「親子(禿)鷹」という新種なのかもしれない。
25日 11月 2015
昨年の衆院選の一票格差訴訟に対し、最高裁が「違憲状態」と判断した。何と最高裁の違憲状態判決は3回連続に達した。最高裁は参院選でも直近の2回を「違憲状態」と判断している。格差解消に、自民は後ろ向きで野党の意見はバラバラ。議長諮問機関がアダムズ方式を検討し1.6倍に収まるとしているが、採用される可能性はない。政治家同士が検討しても妥協案は見つからないし、民間委員が提案しても採用されない状態が続いている。日本の国会議員選挙は違法状態にあるのが現実だ。日本は三権分立というが、実態は違う。司法が弱過ぎる。司法が行政と立法と同じように機能していれば、このような違憲状態が続く訳がない。そもそも「違憲状態」という言葉は何を意味するのだろうか。「違憲」とは何が違うのだろうか。「違憲状態」とは実質的に「違憲」ということだ。「状態」という言葉を付けて、司法が決断を先送りしているに過ぎない。元々選挙区割りの改正を、議員当人たちに任せている法律自体が間違っている。最高裁の判事たちは、何を悩んでいるのだろうか。まさか2.10倍はOKだが2.15倍はNGと見做すべきかとでも考えている訳ではあるまい。最高裁は「違憲で選挙は無効」と判決すべきだと思う。更に踏み込んで、国会法の誤りも指摘出来れば、一応合格レベルに達するはずだ。せめて最高裁は判決の結びに「仏の顔も三度まで」と付け足すべきだったと思う。
24日 11月 2015
米製薬大手のファイザーとアイルランドのアラガンとの合併が波紋を広げている。最近は大型のM&Aが盛んだ。先日はバドワイザーが英SABを、米デルがEMCを取り込んだ。世界経済の低成長が続きそうなので、M&Aは手っ取り速い成長戦略であるし、今なら金利も低いからなのだろう。しかし、今回のファイザー/アラガンのケースは少し変だ。ファイザーが実質的にアラガンを買収するのに、事業主体はアラガンになり、本社はアラガンのアイルランドに置くという。そしてCEOはファイザー、COOはアラガンとのこと。どうやらファイザーの狙いは節税にあるようだ。米国の法人税率は35%だがアイルランドは12.5%。本社をアイルランドに置くだけで年間約20億ドルの節税効果があるらしい。オバマが公約した法人税率28%の実現は未だに目途が立っていない。製薬世界1位のノバルティスが本社を置くスイスの法人税率は20%だから、米国に本社があるファイザーが世界競争を勝ち抜くためにアイルランドに移る理由も良く分かる。多くの企業が後に続くに違いない。オバマもヒラリーもファイザーを強く非難している。だが阻止は出来そうもない。今後企業の海外流出が米大統領選の争点の一つになりそうな気配だ。たとえ米国が法人税率を下げても、企業流出が減るだけで流入企業が増える訳ではない。単に法人税率を下げるだけであれば、税収が減るだけだ。さて大統領と候補者らのお手並みを拝見したいものだ。
23日 11月 2015
財務省が公立小中学校の教職員を今後9年間で約3万7千人減らすよう文部科学省に求めていく方針を打ち出した。少子化に合わせて人件費を削り、国の借金増に歯止めをかける狙いとのことだが、果たして方向性は正しいのだろうか。年1兆5千億円の人件費を約800億円削れるという。少子化に合わせ教職員数を減らす理由は良く理解出来る。だが、単に比例的に減らして現状を維持するだけで良いのだろうか。経済協力開発機構OECDが各国のGDPに占める学校などの教育機関への公的支出の割合を公表した。それによると、日本は3.5%で32か国中の最下位。OECD平均は4.7%で、1位のノルウェーは6.5%で日本のほぼ2倍だ。国公立中の1学級当たりの生徒数は、OECD平均24人に対し日本は32人。また教員給与はOECDが増加傾向なのに、日本はこの13年間に6%も減ったと指摘している。要するに日本は国家予算で見ると、教育の後進国なのだ。教職員の質は相当ばらついている。再教育や認定制度の導入により、質の向上を図ることが先決だろう。一方、優秀な人材を教育界に呼び込む努力も必要だ。今こそ馳文科相の腕の見せ所だ。
22日 11月 2015
幸福と感じる人ほど、右脳の楔前部(けつぜんぶ)の体積が大きい傾向にあるとする研究結果を、京都大の研究グループが発表した。楔前部は大脳の一部でつむじの両側の下にある。これまで感情が揺らぐと楔前部が活動することは知られていたが、幸福感と楔前部の大きさに関係があることが分かったのは初めてらしい。今後研究が進めば、うつ病など精神・神経疾患の有効な治療法の開発に役立つ可能性があるとのこと。研究の進展には期待したいが、そういう理由で楔前部をブログに取り上げた訳ではない。頭の形や大きさに興味があったからだ。自分は人並み以上に頭がでかく形も歪だ。子供の頃のあだ名は、絶壁とラッキョ。後頭部がまっ平だから絶壁、頭が大きく顎が細いのでラッキョ。いつも絶壁、ラッキョとからかわれ泣かされたものだ。親戚の叔父さんからは「○○ちゃんは子供の頃頭が大き過ぎて重いので頭が傾いた方に歩いているようだった」とも言われたことがある。頭が大きいと顔もデカくなる。顔が大きく目鼻立ちも目立つので、大人になってから歌舞伎役者みたいと言われたこともある。全てが頭がデカい事の為せる業なのだ。そして楔前部の記事。大きいほど幸福に感じるという。頭が大きければ楔前部も大きいに違いないと思った。そう言えば、今まで一度も自分を不幸だと思った事は無い。今も自分の周りの人を、自分も含めて全て幸福に暮らしていると思っている。この研究では、幸福だから楔前部が大きいのか、楔前部が大きいから幸福なのかは分かっていないとのこと。しかし、自分の頭は間違いなく大きい。生まれて初めて、大きい頭であることを嬉しく思った次第。
21日 11月 2015
経団連の大学生就職活動ルールがフラフラして定まらず、学生たちを翻弄している。学生や大学からだけでなく企業からも不満が蠢いているようだ。昨年の選考解禁時期は4月だったが、今年は8月になり、来年は6月にするという。今年の問題点は就活期間が長くなったこと。8月に遅らした理由は、学生の勉強時間を確保するためということになっていた。だが3年生のインターンシップを入れると就活が1年間にも及ぶことになった。経団連のルールには強制力はない。経団連が8月解禁と言っても、中小企業や外資系企業は4月から選考を始める。当然学生たちは、まず中小や外資系で内定を確保した後に大企業に望むことになる。もし大企業にパスすれば、内定をキャンセルするから中小企業は混乱する。従って8月解禁は混乱と疲労を増すだけだった。では、6月がベターなのだろうか。学生の6月は、テストや教育実習がある。決してベターではない。更にグローバル化に対応出来る留学生をいつ採用するのか。元々全てを満たす解禁日など存在しないのだ。それでは何故解禁日などを設定するのだろうかと疑問が生じる。今から60年以上前に産業界と大学側で就職協定が結ばれ、選考時期の見直しが繰り返されてきて現在に至っている。解禁日の設定理由は、新卒の一括入社だ。大企業から見れば効率が良い。元を正せばそれしかない。だが就職活動とは本来もっと自由なはずだ。今は昔の高度成長期とは違う。大量の金太郎飴戦士など不要だ。今は、人材を欲しがる企業が欲しい時に所望の人材を確保するのが自然だ。解禁日など不要。そういう時代になっている。自分には経団連ルールが世の中を混乱させているだけにしか見えない。